第一章 気宇壮大(二十八)


 佐野が首をひねる。
「どういうことだ」
「はい。蒸気機関を国産化して他藩に売れば、佐賀藩は潤(うるお)います」
「そういう志か」
 佐野が呆れたように言う。
「それなら窮理まで学ぶ必要はない」
「では、どこまで学べばよろしいので」
「それは江藤に聞け」
「は、はあ」
 大隈はまた気が重くなった。
「わしは、もう精錬方に行かねばならぬ。これでよいか」
 大隈には「結構です」と答えるしかない。
「江藤が意地の悪いことを言ったら、またここに来い」
 そう言い残すと、佐野は座を立った。
 佐野の姿が消えた後、大隈が頭をかきながら言う。
「困ったな」
「江藤さんのことか」
「うむ。『虎穴(こけつ)に入らずんば虎子を得ず』なのは分かるが、わしは虎穴に入ることを好まん」
「そうは言っても、いつまでも逃げ回っているわけにもいかんだろう。この機にあの堅物(かたぶつ)と親しくなればよい」
「他人事のように言うな」
「だって他人事じゃないか。此度だけは、わが義兄だから付き合った。江藤さんの許には、そなたひとりで行け」
 空閑の言うことは尤もだった。
「仕方ないな」
 その時、駒子が姿を現した。
「二人とも、まだいたのですか」
 空閑が慌てて答える。
「あっ、もう行きます。われらも多忙な身なので――」
 慌てて立ち上がった二人に、駒子が言う。
「佐野が『二人に素麺(そうめん)でも振る舞ってやれ』と言い残していきましたが、お召し上がりにならないんですね」
 二人が顔を見合わせる。
「お忙しいんじゃ、仕方ありませんね」
 大隈がきまり悪そうに答える。
「いや、せっかくですから――」
「そうですか。では用意いたします」
 駒子は、さも当然と言わんばかりの笑みを浮かべて去っていった。

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