堤防が決壊し、濁流が家のそばまで迫っている。1970年代半ばの、東京郊外で暮らす核家族を描いた山田太一さんの名作ドラマ「岸辺のアルバム」は多摩川の水害で終局を迎える◆八千草薫さん演じるヒロインが自宅に戻ろうと、制止する警察官を振り切って言う。「2冊でも3冊でも、アルバムとって来たいんです。家族の記録なんです。かけがえがないんです」◆県内を襲った大雨の後、家財道具などを玄関先に出した家を見かけるたび、被災者のやるせない胸の内を思う。「家にはそこに住んだ人の記憶が残る」という。家具の一つひとつにも、家族の息づかいや大切な思い出が刻まれていただろうに。浸水でそれを「ごみ」と呼ぶには忍びない気もする◆武雄市や大町町では、臨時の集積場に次々と廃棄物が持ち込まれ、周辺は運搬する車で渋滞になっている。きのうの本紙は〈世代を継いで大事に使われていたような家具も、重機でつぶされていた〉と伝えていた。油の流出がなければ、まだ救えたものがあったのでは、と詮ないことを考える◆前触れもなく訪れる災厄のたびに思い返す歌がある。〈居合はせし居合はせざりしことつひに天運にして居合はせし人よ〉(竹山広)。かけがえがないものを失うのは自分だったかもしれない。そんな思いで生活再建の行方を見つめている。(桑)

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