インタビューに答える青柳拓監督=佐賀市松原のシアター・シエマ

ドキュメンタリー映画「ひいくんのあるく町」の一場面。本編ナレーションの字幕が付く(提供)

 目や耳が不自由な人向けに、映画の音声ガイドや字幕を制作する「みないろ会」は24日、佐賀市松原のシアター・シエマで初制作した音声ガイド付き映画の上映会を開いた。作品は、青柳拓監督(26)が地元・山梨県市川三郷町で撮影したドキュメンタリー「ひいくんのあるく町」。上映会に合わせて来佐した青柳監督に話を聞いた。

 -シャッター街に変わっていく地方で、知的障害のある「ひいくん」が町の人とつながる姿を描いた。撮影のきっかけは。

 一番伝えたかったのは、地元のこと。秀彦さん(ひいくん)は何十年も町を歩き、いるのが当たり前すぎて、町の人は何も言わない。普通、若者は田舎にいると、つまんなくて東京に出て行く。それを確かめに地元に戻ったら、「何もないけど好きな町だな」と思った。

 そこに秀彦さんがいて、東京に出た自分たちと逆のことをしていた。笑顔で歩き、「楽しい」って信じている。秀彦さんの「楽しい」に共感できたら、地元を面白く描けると思った。

 -障害のある人が当たり前のように町の人と過ごしていて「町が家族みたい」と話す来場者もいた。

 そういう見方をしてもらえるのはうれしい。でも、自分の中では障害者映画と決めつけたくなくて、映画の中では「障害者」という言葉はなるべく使わなかった。福祉に関心のある人以外にも見てほしかったし、重く捉えてほしくなかった。

 僕が伝えたかったのは日常の豊かさ。秀彦さんのように、日常の一つ一つに好奇心を持ち、視点を変えると、「面白いことあるよ」って思える。

 -2016年3月に撮影を始め、終盤を迎えた7月に津久井やまゆり園で障害者殺傷事件が起こった。

 あの事件への答えではない。でも、撮影スタッフとはすごく話した。(事件に対して)「僕らはこうやるよ」って、示すことはできているのかなと思う。

 -今は地元で暮らしながら、映像制作に取り組んでいる。

 平日は山梨県で運転代行の仕事をしつつ、土日は東京に出てフリーで映像を制作している。「ひいくん~」を撮って、これからも映画をつくっていきたいと思った。面白い作品を撮ることで、お客さんに過去の作品も見てもらえる。

 秀彦さんが地元で歩き続けるために、僕が人を集め、秀彦さんに手伝いに来てもらえる場所をつくっていきたい。

 -みないろ会が音声ガイドを付けた第1号の作品となった。取り組みをどう感じているか。

 すごくいい取り組み。音声ガイドは客観的に状況を捉えていて、目をつむって聞いても理解できる景色があった。「五輪のような花火」といった表現も良く、風情を見せることも忘れない粋なガイドだった。言葉のユーモアとか、やり過ぎると強くなるから嫌だが、ちょうどよかった。時間をかけて考え抜いてくれたからだろう。

 -「ひいくん~」から2年。次回作の予定は。

 半径5メートルの身の回りのものを撮っていきたい。奨学金がテーマの作品を構想中。次の作品、シエマでやれたらいいなあ。

 あおやぎ・たく 1993年、山梨県市川三郷町生まれ。日本映画大の卒業制作として撮影した「ひいくんのあるく町」でデビュー。ミニシアターでの上映が続々と決まり、全国の7カ所の映画館で上映された。

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