この夏、ハンセン病元患者の家族が国の隔離政策によって差別を受けたとして国に損害賠償を求めた訴訟で勝訴した。安倍晋三首相は元患者の家族に会って謝罪、社会に巣くう差別と偏見が改めてクローズアップされた。現代社会にはさまざまな差別や偏見がある。8月は佐賀県の同和問題啓発強調月間。その締めくくりに、改めてその不条理を問いたい。

 差別意識の一つとみられる事例を紹介したい。2年前、佐賀新聞に掲載された本紙記者の『記者日記』から引用する。2017年7月の九州北部豪雨で、被災地には多くのボランティアが復旧の手助けに向かった。その中で、自治体にこんな電話があった。

 男性「昔の部落を知りたいのですが…」

 職員「何の目的ですか」

 男性「ボランティアの関係で…」

 職員「ボランティアに行きたいということですか」

 男性「逆です。部落地区に行きたくないので、その場所を教えてほしい」

 職員が差別発言ではないかと指摘すると、電話は一方的に切られた。男性は本気だったのか、悪質ないたずらだったのか分からないが、被災地の人や差別のない社会を願う人々を暗然とさせた―という話である。電話をかけてきた人は、誰からこうした差別意識を受け継いだのだろうか。

 昨年、鳥栖市で同和問題啓発の講師を務めた、みえ人権教育・啓発研究会代表の松村智広さんは1993年、国立ハンセン病療養所に講演に行ったという。

 差別、偏見を助長したとされる、らい予防法が廃止(96年)される前で、元患者たちが抜け出せないように療養所の周りに巡らされた高さ約2メートルの塀と堀がまだ残っていた。元患者たちは入所させられると、家族に迷惑がかからないように名前を変え、出身地を隠して生きることを余儀なくされた。赤ちゃんができないように強制的に手術されるなど、人権を無視した扱いを受けてきた。

 松村さんがこれから講演というときに、ハンセン病が治った女性がお茶を出した。松村さんがそれを飲み干すと女性は突然、泣き出した。「何か悪いことをしましたか」と尋ねると、「あなたは私が出したお茶を初めて飲んでくれた」と。特効薬ができ、戦後はハンセン病は治っていたが、「感染するかも」と恐れ、お茶に手をつける人はいなかったのだという。

 差別の背景には、私たちがとらわれやすい迷信や世間体などがある。例えば県内の自治体が2014年に行った人権・同和問題に関する意識調査では、「あなたの子どもの結婚相手が同和地区出身と分かったときあなたはどうするか」との問いに、「世間体があるからできれば結婚させたくない」「絶対に反対する」と答えた人が合わせて1割を超えていた。

 差別に正当なものなどない。同和問題やハンセン病差別は、時の権力者がつくり出し、助長したものである。同時に、呼応するかのように、その存続に手を貸しているのは、実は私たち一人一人なのだということを忘れてはならない。差別される痛みを自分の痛みとして向き合い、すべての命が生まれてきてよかったと思える世の中に向けて、共に歩んでいきたい。(高井誠)

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