第一章 気宇壮大(十九)


 鍋島安房(なべしまあわ)が枝吉神陽(えだよししんよう)に向かって言う。
「此度(こたび)は、義祭同盟に加盟できて本当によかった。まずはまいろう--」
「ありがたきお言葉」
 それぞれの盃に自ら酒を注いだ安房と神陽は、盃を掲げて飲み干した。
 期せずして拍手が起こる。それはある意味、佐賀藩内の学問における主流派と反主流派の手打ちの儀式のようなものだった。
 少し歓談した後、安房が皆に向かって言った。
「わしがいては、皆もくつろいで飲めんだろう。そろそろ帰るとする」
「お待ち下さい」
 そう言って立ち上がろうとする安房を、大隈が呼び止めた。
「ぜひ一献、捧げさせて下さい」
 安房の視線が大隈に据えられる。
 --わしのような若造の盃は受けられぬか。
 だがしばしの沈黙の後、安房が言った。
「よかろう」
 大隈は膝をにじって安房の前に出ると、その盃に酒を注いだ。
 それを飲み干した安房が無言で盃を差し出す。
「ご無礼仕ります」
 それを受け取った大隈は、安房が注いだ酒を一気に飲み干した。
 佐賀藩三十五万七千石の筆頭家老が、十八歳の一藩士に酒を注ぐなど前代未聞だった。
 皆で境内まで出て安房を見送ると、神陽が落ち着いた口調で言った。
「これで義祭同盟は藩の公認を得たも同じだ。これからは皆、一藩士ではなく一日本人として振る舞うように」
「日本人、ですか」
 大隈の問いに神陽が答える。
「そうだ。われらは日本人だ。同じ家中ということ以上に、同じ日本人であるという自覚が、この国には必要なのだ」
 --そこまで考え方を変えていかない限り、もはやこの国を守ることはできないのだ。 
 薩摩(さつま)藩主の島津斉彬(しまづなりあきら)は「日本一體(体)一致の兵備」という言葉を残した。もはや藩の単位で物事を考えていては、諸外国の圧力に耐えきれないという意味だ。それは海防だけでなく産業全体にも言えることで、斉彬も直正も他藩への技術移転を一切拒まなかった。
 --日本人か。いい言葉だな。
 この時、大隈は新たな時代の到来を感じた。

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