第一章 気宇壮大(十三)



 安房が「やれやれ」といった調子で言う。
「そなたの赤心(せきしん)は分かった。すぐにすべてを変革することは叶わずとも、徐々に変えていく」
「はっ、今はそれで十分かと」
 無理押しすれば、藩内の保守派老人から猛反発が出ることは大隈にも分かる。そのため彼らに気づかれないように、徐々に改革していくことが上策だと大隈も思っていた。
「そなたは--」
 安房が目を細める。
「どうやら才気がありそうだ。向後(こうご)も、こうしてここに談話をしに来てくれぬか」
「さて、蘭学寮に入れば死ぬ気で勉学に励まねばなりません。ましてや長崎に出向くことも、しばしばありましょう。安房様のご希望を叶えられるかどうか分かりません」
 自分の価値を高めるために、大隈は大きく出た。
「そうか。それなら仕方ない」
「ただし--」と、大隈がもったいを付けるように言う。
「われら同志の集まりに来ていただければ、それがしがおらずとも、有為の材から様々な意見を聞くことができます」
「集まりとは」
 大隈が胸を張って言う。
「枝吉神陽(えだよししんよう)先生の義祭(ぎさい)同盟です」
「あの楠公(なんこう)を祀る結社か」
「そうです」
「そんな国学者の結社に入っている者どもが、どうして教育や天下国家を語れるのだ」
 安房としては、弘道館の教育が国学に染められるのを警戒しているのだ。
「心配には及びません。まずは話を聞きに来て下さい」
 皺深い瞼(まぶた)を細め、安房が大隈を見つめる。
 --ここが切所(せっしょ)だ。
 勝負所を覚った大隈は、安房の視線をしっかり受け止めた。
「分かった。そうさせてもらう」
 --よかった。
 大隈の体から力が抜けた。
 一つ咳払いした安房が威儀を正して告げる。
「坂本文悦、そなたには弘道館への復学を許す。大隈重信、そなたには蘭学寮への入学を許す」
「お、お待ち下さい」
 その時、弱々しい声が聞こえた。その声の主は、意外にも坂本だった。

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