第一章 気宇壮大(十二)

 安房の眼光が鋭くなる。それでも大隈は物怖じせずに弁じ続けた。
「いかにも『葉隠(はがくれ)』の精神は大切です。しかし藩士から天下国家の視点を見失わせ、お家大事に走らせることになります。われらが殿も薩摩(さつま)の島津斉彬(しまづなりあきら)公も、すでに視点は藩にありません。お二人の視点は、この国をどうするかにあります。『葉隠』の考え方、すなわち『武士たる者はただ一死をもって佐賀藩のために尽くすべし』という思想は、もはや殿のお考えとも齟齬(そご)を来(きた)しているのです」
 大隈は一息つくと、「結論として」と言って声を大にした。
「人の自由な思想と、それに基づく行動を、狭い一藩の教育方針によって規制、拘束するなどもってのほか!」
 しばし瞑目(めいもく)していた安房が、ゆっくりと切り出す。
「では、そなたはどうすればよいと思う」
「弘道館を廃して蘭学寮を拡充し、全生徒を移すべし」
 その言葉に室内は凍り付いた。弘道館の教育に心血を注いできた安房にとって、それを否定されることは、己の存在意義を否定されたに等しいからだ。
 --下手をすると切腹だな。
 あまりに滔々と弁じてしまったがゆえに、大隈は切腹さえ覚悟した。もちろん「これで切腹を命じられるくらいの拙い運なら、もはやこの世に用はない」と思っていた。
 安房が口を開く。その口調は案に相違して弱々しかった。
「もはや時代は、そなたのような者が担っていくのだな」
「えっ」と驚いたのは大隈である。
「そなたらに『弘道館への復学を許す』と言えば泣いて喜ぶかと思っていたが、どうも思い違いのようだ」
「はい。それがしは復学するつもりはありません」
「では、どうする」
「蘭学寮に入れて下さい」
「そういうことか」
 大隈がにやりとする。
「それで、それがし一個のことは片付きます。しかし弘道館の課業を変えていくことは、ご家老御自らがなさねばなりません」
 大隈が安房に白刃を突き付けた。

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