第一章 気宇壮大(十一)



 大隈の仕草に愛嬌(あいきょう)があったのか、安房の頬も緩む。
「よし、分かった。その弘道館改革とやらの話を聞こう」
「よろしいか」
 大隈は大きく息を吸うと弁じ始めた。
「第一に現行の弘道館の教育、すなわち服従の義務のみを教訓とする朱子学や『葉隠(はがくれ)』を神仏のように重んじる教育は、極めて古びているうえに保守的であり、活学(実生活に役立つ学問)としての値打ちを見出し得ません。しかもほかの学問を排斥(はいせき)し、ひたすら朱子学を学ばせる弘道館の姿勢は、幾多の俊秀を凡庸(ぼんよう)にする元凶としか思えません。しかも、これだけ西洋諸国の蒸気船の来航が頻繁になれば、有為(うい)の材が学ぶべき学問は明白です。ここにいる坂本は--」
 大隈が顎で示したので、坂本が畏れ入ったように青畳に額を擦り付けた。
「漢方医の息子です。将来は藩の医を担う重大な仕事に就きます。それが十代後半という大切な時期を朱子学に費やしているのです。この年齢こそ、真綿に水がしみ込むように学問が浸透する大切な時期です。坂本のような有為の材を蘭方医として養成すべく長崎に学ばせれば、藩にとって大いなる利となるでしょう」
 安房は極めて冷静に聞いていたが、その内心は煮えくり返っているかもしれない。というのも弘道館は安房が手塩にかけて育ててきた藩校であり、これまで藩主の直正から、批判の一つも受けたことがなかったからだ。
 大隈が滔々(とうとう)と弁じ続ける。
「第二に、成績によって禄を半減するなどといった課業(かぎょう)制度は実情に合いません。いかにも勉学に励むことは大切です。しかし朱子学が将来役立ち得る仕事など、藩内には弘道館の教諭くらいしかありません」
 安房の背後に控える小姓の顔に笑みが浮かぶ。
「学問とは自由なものです。学びたい者が学ぶ。これが西洋における学問の基本です。学問嫌いに無理に学ばせても、弘道館を出れば学ぼうとはしません。つまり死にもの狂いで学んだことが無に帰してしまうのです。それでも先祖代々の知行(ちぎょう)を確保できたからよいと考える馬鹿どもが、どれほどいるかご存じですか」
 安房の答えを待たずに大隈が続ける。
「第三に、いつまで『葉隠』を信奉させるのですか。『葉隠』は、天下泰平の時代に有益なもので、今のような乱世には不要なものです」

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