第一章 気宇壮大(十)



「ありがとうございます」
 坂本が深く頭を下げる。
「次はそなただ」
 安房が顎(あご)で大隈を指す。
「坂本の言う通りです」
「そうか。では、なぜさようなことをした!」
 突然、安房の怒声が安房邸の隅々まで鳴り響く。
 --来たな。
 まず頭からどやしつけ、生徒を圧倒するという安房のやり方を聞いていた大隈は、物怖じせずに返した。
「弘道館の教育方針に物申したかったからです!」
 安房の顔色が変わる。
「そのことと坂本の寝込みを襲ったのと、いかなる関連がある」
「寝込みを襲ったわけではありません。『議論したいから起きろ』と言ったまでです」
「丑三つ時にか」
「議論に時は関係ありません」
 安房がため息を漏らす。
「屁理屈は聞きたくない。坂本が、そなたに何かしたわけではあるまい」
「はい。それがしには一目置いていたらしく、いつも避けて通るようにしていました」
「そんなことはない!」
 坂本が勢い込んで言う。
「そなたは黙っておれ。それで大隈とやら、教育方針に物申したいなら、なぜ正規の手続きを取らない」
「これまで幾度となく弘道館改革の上申書を提出しましたが、安房様に至る途中で握りつぶされた模様です」
「握りつぶされたと申すか」
「はい。担当の教諭に提出しても何の返答もなく、催促しても『上申書は回した』と答えるだけでした。これでは埒が明かないと思い--」
「それで大騒ぎを起こしたのか」
 この時代、まともな経路を使って何かを献言しようとしても、途中でうやむやにされるのが落ちだった。
「仰せの通り。このくらいの騒ぎにならないと安房様に会うことは叶わぬと思いました」
「ということは、わしは、まんまとそなたの罠にはまったのだな」
「そういうことになります」
 大隈が頭をぺこりと下げる。

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