第一章 気宇壮大(七)

 --高木さんの言うことにも一理ある。
 顎に手を当てて少し考えた末、大隈は一計を案じた。
「高木さん、では、こうしてくれないか」
 大隈の計画を聞いた高木は、「分かった」と言うや、「戦支度(いくさじたく)だ!」と喚(わめ)き、寝ている者たちを起こし始めた。

 大隈が北寮に乗り込むと、案(あん)の定、大半の者たちは寝静まっていた。すでに丑(うし)三(み)つ時(どき)(午前二時頃)を回っているはずなので、さすがに勉強熱心な者たちも、翌日の課業を考えて眠っているのだ。
 大隈は「坂本はおるか!」と喚きつつ、坂本の部屋を探り当てると、蒲団を蹴って叩き起こした。こうなれば、もはや議論を吹っかけるまでもない。二人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
 それに驚いて止めに入った北寮の者たちは、大隈に殴る蹴るの暴行を働いたので、大隈は血まみれになった。
 そこに南寮から使者が遣わされ、「大隈を引き渡せ」と言ったので、大隈が返されてきた。
 血だらけの大隈が南寮に担ぎ込まれるや、たすき掛け姿の高木は怒り狂い、「戦だ!」と言って火鉢(ひばち)を頭上に掲げた。いかに武器がないとはいえ、物置小屋から引っ張り出してきた火鉢を持っていけば、喧嘩になるのは目に見えている。
 高木が北寮の玄関口を火鉢で叩き壊すや、双方入り乱れ、合戦さながらの大乱闘が始まった。
 血だらけの大隈も再び立ち上がり、坂本文悦を見つけるや、先ほどの続きを始めた。
 やがて笛の音が聞こえ、宿直(しゅくちょく)の役人や鍋島安房の家人(けにん)たちが駆け込んできた。それで喧嘩は収まったが、双方の寮舎は破壊され、校庭には多数の怪我人が横たわっていた。
 大隈は昏倒した坂本の上に腰を掛けていた。
 そこに久米が現れたので「勝ったぞ」と言うと、「これはやりすぎです。下手をすると切腹もんですよ」と言われ、さすがに青くなった。

 翌日、鍋島安房はすべての内生を集めて訓辞(くんじ)を垂れた。
 その結果、喧嘩の当事者となった大隈と坂本は退学、南寮生は三日の禁足(きんそく)(弘道館の外に出られない)、その逆に北寮生は自宅謹慎となった。
 だがその約一月後、鍋島安房が特別の恩典を与えるとして、大隈と坂本を自邸に呼んだ。
大隈が待っていた時が訪れたのだ。

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