第一章 気宇壮大(六)

「待って下さい。いったい何をしようというのですか」
 久米を無視して大隈は広澤に問うた。
「それで文悦(ふみよし)とやらは、弁は立つのか」
「ああ、立つ。課業も北寮で一、二を争う」
「相手にとって不足はなさそうだな」
 久米が心配そうに問う。
「いったい何をするつもりですか」
「知りたいか」
「はい」と言って久米がうなずく。
「では、ついてくるか」
「この時間に北寮に行くのですか。もう大半は眠っていますよ」
「知ったことか。坂本を叩き起こして議論を吹っかける」
「そんなことをすれば--」
 そこまで言って久米が口をつぐんだ。ようやく大隈の意図を察したのだ。
 残る一人は蒲団をかぶって寝てしまったが、広澤は面白そうに会話に加わってきた。
「そうか。議論を吹っかけて騒ぎを起こし、安房(あわ)殿の耳に入るようにするのだな」
 安房殿とは、藩主の鍋島直正の庶兄で筆頭家老兼弘道館長の鍋島安房(あわの)守茂真(かみしげざね)のことだ。
「そうでもしなければ、わしのような者の話を聞いてもらえぬ」
「文悦にとっていい迷惑だな」
「そんなことはない。十年後、いや五年後には感謝しているはずだ」
 大隈は大股で部屋を出ていった。
 すると廊下に一人の巨漢が立っていた。
「なんだ、高木さんか」
 立っていたのは「佐賀藩一の怪力」と呼ばれた高木長左衛門(ちょうざえもん)だった。さすがの大隈も、二歳年上で体格も同等の高木を倒すのは苦労すると思った。
 ところが高木は予想もしないことを言った。
「うるさいから怒鳴り込みに来たのだが、坂本文悦と聞いて立ち聞きさせてもらった」
「高木さんも、たちが悪いな」
「奴からいじめられた若いのが多くいる。いつかとっちめてやろうと思っていたが、ちょうどよい。助太刀いたそう」
 大隈は一瞬同意しかけたが、考え直した。
「高木さんを護衛役に殴り込みを掛けたとあっては、男がすたる」
「では、一人で行くのか。それでは袋叩きに遭って負けるだけだぞ」

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