小さな生き物を主人公に「悟りの境地」を語らせた物語がある。例えば「セミとその抜け殻の問答」。脱皮して木陰で生を謳歌(おうか)するセミが抜け殻に向かって言う。〈汝(なんじ)を憎みて捨(すつ)るにあらず…さぞな我を恨みん〉。すると抜け殻はこう答える◆〈生を好まず死を憎まず。風に吹かるれば風に随(したが)って飛び歩き…物と逆(さか)ふことなし。形やぶれ足折れても痛まず〉。享保12(1727)年刊の佚斎樗山(いっさいちょざん)作『田舎荘子(そうじ)』にある。あなたは明日をも知れない身。対して自分はむしろ殻になって無事に過ごす日を楽しんでいる。「我」がないからこそ苦楽得失に悩む境涯から逃れることができた、と◆小林ふみ子著『へんちくりん江戸挿絵本』から引用した。小林さんは、人為を否定して無為自然を説く中国古代の老荘思想を江戸人の視点で分かりやすく説いたのが『田舎荘子』であったと紹介している◆セミは「はかなさ」の象徴として源氏物語や万葉集にも出てくる。「1週間しか生きられない」という短命ゆえだろう。ところが、実は1カ月ほど生きていることを最近、岡山県の高校生が野外調査で突き止め、話題になった◆捕まえたセミの羽に油性ペンで番号を記して放し後日、再捕獲して調べたという。それでもひと夏限りの命。抜け殻が教えるのは無我の境地か。セミの大合唱が一段と身にしみる。(丸)

このエントリーをはてなブックマークに追加