増田敬太郎巡査の墓を見つめる三田豪士本部長(左)と増田和典さん=熊本県菊池市泗水町

 明治時代に唐津市肥前町高串地区で流行したコレラの防疫に当たって殉職した増田敬太郎巡査(1869~95年)の墓参りで、佐賀県警の三田豪士本部長(50)が19日、生誕地の熊本県菊池市泗水町を訪れた。遺族の案内のもと墓前に手を合わせ、地域住民のために奔走した増田巡査の精神を引き継いでいく決意を新たにした。

 拝命して間もない25歳の増田巡査は1895年7月、コレラ防疫のために高串地区に派遣され、不眠不休で防疫指導や遺体搬送を担って自らも感染。「コレラは私がすべて背負っていきます」と言い残して亡くなり、言葉通りコレラは終息したという。増田巡査は「警神」として高串地区の増田神社に祭られている。

 菊池市泗水町にある増田巡査の生家には現在、弟のひ孫に当たる増田和典さん(71)夫妻が暮らしており、近くにある墓を代々守っている。三田本部長の意向で、7月26日の命日を前に現地を訪れた。

 三田本部長は墓前に花を供え、目をつぶって手を合わせた。家の前にある顕彰碑にも立ち寄り、増田さんから碑ができた経緯などを聞いた。三田本部長は「世のため人のためという純粋な心と行動は、時代が変わっても大切なこと。増田巡査の思いを引き継いでいきたい」と話した。

 増田さんの記憶では、佐賀県警本部長の来訪は初めてといい、増田さんは「ここまで来ていただいて本当にうれしい。警察の役割がいろいろな意味で昔よりも高まっている現代に、身命を賭して困難に立ち向かった敬太郎の思いが生かされているならありがたい」と話した。

 28日には唐津市肥前町の高串漁民センターなどで慰霊祭が開かれ、遺族や警察関係者らが出席する。

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