重厚な付属の外観

瓦型鉄板の波形の美意識

 訪れた時は3月下旬で、明るい日差しをいっぱい受け、菜の花が咲き誇り、祇園川の清流が目にしみる素晴らしい眺望でした。

 岩蔵の領地は当初、山内を支配していた神代氏の領地であったが、慶長年中(1596~1615)佐賀本藩の鍋島氏の領となり、その後、祇園川上流の東谷、西谷、江里山、石躰を明治2年に合併して岩蔵村と称するようになりました。

 西谷のある岩蔵寺境内に建立されている二の鳥居には慶長17(1612)年、初代藩祖鍋島直茂、初代藩主鍋島勝茂と小城藩主鍋島元茂の銘が記されています。

 国信家の建物は当主によれば明治初期に建てられたと伝えられています。建物は南に面して建ち、主屋の棟続きにさまざまな付属小屋を配しています。屋根は、いずれも瓦型鉄板をかぶせたもので主屋は鍵形の形態を見せています。全体的に外観は、建築当初の姿をそのまま今日まで伝えています。おおらか優美の中にひきしまりがあり、この屋根は簡素で重厚感といったものと美意識が屋根全体の中に含まれています。(北原學)

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