近代建築の名作に数えられる市村記念体育館=佐賀市

 ジクザグの折り板で組み上げた壁、やわらかな放物面を描き出すつり屋根-。その特徴的な姿から、長く佐賀県民に愛されてきた「市村記念体育館」(佐賀市)が、文化施設へ生まれ変わろうとしている。老朽化のため、2017年から体育館としての利用を停止してきたが、佐賀県は文化施設へ転換させる方針を打ち出し、今月から有識者による検討が始まった。

 市村記念体育館は1963年の建築で、グッドデザイン制度の初代選定委員長を務めるなど戦後日本のデザイン界をリードした建築家坂倉準三(1901~69年)が設計した。

 東京・上野の国立西洋美術館など作品群がユネスコ世界文化遺産となった建築家ル・コルビュジエが坂倉の師匠に当たり、坂倉はアトリエの主要スタッフとして、都市計画や住宅設計を担当した。

 帰国後、1937年のパリ万博・日本館設計でグランプリを受賞したほか、渋谷や新宿の都市ターミナルなども手掛けている。

 この体育館は、施設の名称にも冠せられている市村清(1900~68年)が寄贈した。リコー三愛グループ創業者の市村は、みやき町の出身。創設当時の名称は「佐賀県体育館」で、その後「佐賀県文化体育館」に、92年から現在の名称となった。楽屋には市村の功績を紹介するコーナーも設けられている。

 開館から半世紀余り、さまざまな実績を残してきた。開館翌年の日中親善バレーボール大会や、全国高校総体のボクシング会場、「肥前さが幕末維新博覧会」のメインパビリオンなどである。

 中でも、維新博は県民にとって印象深い。文化施設への転換に当たり、県はキーワードを示しているが、そこにも「維新博の『志』の継承」が含まれている。

 佐賀城内エリアは、県立博物館・美術館や佐賀城本丸歴史館、県立図書館が集積し文化エリアを形作っている。新たな文化施設は、どのように性格づけるか、既存の諸施設といかにネットワークを組むか、広い視野が欠かせない。

 老朽化しているため、改修・補強、とりわけ耐震補強が求められる。佐賀城跡に立地しており、地下掘削すれば埋蔵文化財を傷つける恐れもある。改修は現代の生活様式に合わせねばならないが、いかに坂倉建築の特徴を保ち続けるかがポイントになる。

 また、体育館から文化施設への転換に伴い、改称も必要だ。新しい時代にふさわしい名称を選ぶに当たり、県民から広く公募してはどうか。

 立志伝中の人物である市村の名を持ち、坂倉が手掛けた名建築である。県民の貴重な財産として、次の世代へ引き継ぎ、今後も愛し続けられる施設に生まれ変わるよう願ってやまない。(古賀史生)

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