母親を亡くし、悲しみに沈む親友に宮沢賢治は手紙を書いた。〈この手紙はおっかさんに別れたあなたを慰めようとして書くのではありません 私の労(つか)れた心を励ます為(ため)に書くのです けれども何を書いたらいゝのでしょうか〉。通り一遍のお悔やみではなく、途方に暮れた心情をそのまま伝え、相手を思いやる。心のこもった文面である◆人はさまざまな機会に便りを書く。近ごろはメールやSNSで随分手軽になったが、万葉学者の中西進さんによると、「便り」は相手を信頼したり、力を期待する「頼り」に由来するという。〈手紙を出すのは相手に期待し、返事を当てにし、何がしかの信頼を寄せてことばをかけることだ〉(『日本人の祈り こころの風景』)◆「私も一緒に戦います。先生、力を貸してください」。クラスでのいじめを告発する手紙を、女子生徒はどんな思いで書いたろう。被害者とされた岐阜市の中3男子が転落死したのはひと月後。担任が受け取った手紙は、校内で共有されることなく捨てられていた◆「担任は(問題を)軽く考えていた」という市教委のコメントを地元紙に見つけ暗然とする。教師を頼り、振り絞った声が届かない。学校が失ったのは大切な生徒の命だけではない◆〈何を書いたらいゝのでしょうか〉…女子生徒の深い嘆きが聞こえるようである。(桑)

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