〈七夕の日は暗いうちに起して貰もらって、親類や知人の家へ笹竹を貰ひに行った〉。陶芸家で随筆家でもあった河井寛次郎は七夕の記憶をつづる。カボチャや豆を竹にくくりつけ、担いで帰った遠い日。切りたての青竹の匂い、野菜の供え物。心にしみる思い出だ◆県内でも家々を回ってスイカやウリをもらい受け、供え物にして七夕を祝う行事があった。タナバタヨイ(七夕寄り)といって、親が作ってくれた七夕まんじゅうを持って年長者の家に集まり、短冊を書いた(佛坂勝男著『佐賀歳時十二月』)。少子化が進んだ今はどう受け継がれているだろう◆参院選が公示されて最初の日曜日。七夕の日と重なって候補者の投票への「お願い」も一段と熱を帯びていよう。そして有権者が短冊に託す願いは―。「年金不安のない国に」「子育てしやすい環境を」。どれも切実だ◆〈天の海に雲の波立ち月の船 星の林に漕ぎ隠る見ゆ〉。七夕伝説を思わせる万葉集の歌。「月の船」「星の林」とロマンチックな言葉が並ぶ。天空を見上げ平穏な世を願う気持ちは昔も今も変わらない◆一方で切ない川柳を見つけた。〈笹竹が腰曲げて持つ願い事〉。急速に進む超高齢化社会。子どもたちの減少とともに七夕の行事は消えていくかもしれない。これからの時代をどう導くのか。節目の時を迎えている。(丸)

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