渡邉水産の穂州鯛の刺身。渡邉美保子さんは「魚本来の甘みが強く、弾力のある身が特徴」と話す(提供)

左から渡邉美保子さん、長女志麻さん、次女志織さん、三女朱理さん、四女佳穂さん(提供)

穂州鯛をさばく四女の渡邉佳穂さん(左)と手さばきを見守る美保子さん=玄海町の渡邉水産

 玄海町の渡邉水産が、養殖マダイを「穂州(ほしゅう)鯛」と命名し、ブランド化を図っている。社長を務める渡邉美保子さん(56)らが、交通事故で12年前に亡くなった夫の穂州さん(享年47)から名付けた。娘4人と一緒に会社をもり立てている。

 美保子さんは20歳で穂州さんと結婚し、穂州さんの実家の渡邉水産で働き始めた。「自分が頑張っただけ魚が大きくなる。生き物を育て上げる楽しさを知った」

 転機は突然だった。2007年12月、穂州さんが車同士の事故で亡くなった。社長として、4姉妹の親としての重責が、美保子さんに一気にのしかかった。「女一人で会社を継ぐのは無理。畳んでいい」と会社を始めた義理の両親。しかし、頭を下げて続けたいと訴えた。

 翌年、福岡県で働いていた長女志麻さん(34)が家に戻った。「タイに父の名を付けることで、希望にしたかった」。次女、三女、四女も会社を手伝うようになり、今では娘の夫も美保子さんを支える。会社は2年前から魚の加工も始め、娘たちの意見を取り入れながらネット販売も始めた。

 志麻さんらは「ブランドを定着させ、魚をおしゃれに売り出したい。魚や漁師のイメージを変えたい」と意気込む。美保子さんも「私の世代と下の世代では、情報発信の仕方や物の売り方が全く違う。娘たちと協力して会社を盛り上げたい」と語った。

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