自家製の炭を作り、こたつに使用している欠掛義民さん=太良町中山地区

標高300メートルの中山地区。トタン屋根で囲んだ自家製の窯で年に数回、炭を焼く

自家製の炭を作り、こたつに使用している欠掛義民さん=藤津郡太良町中山地区

 5月下旬、新緑が美しい山並みを横目に車を走らせ、田植えのトラクターを追い越した。太良町の多良岳中腹にある中山地区。標高300メートルの山里で「炭焼き」の技を持つ欠掛(かんかけ)義民さん(83)が指導し、窯出しの体験会が開かれた。今では珍しくなった光景に参加者は目を丸くしていた。

 「じゃあ、行きますよ」。欠掛さんはくわを手に、石や土で閉じていた窯の正面を削り始めた。4昼夜かけて蒸し焼きにしていたそうだ。窯の中をのぞくと、真っ白い灰が見える。ほのかに焦げたにおいを漂わせ、黒々とした炭が仕上がっていた。

 太良町は昔から林業の盛んな土地柄で、炭焼きは一大産業だった。欠掛さんが炭焼きに従事し始めたのは20代の頃。父親と2人で働いた。山から雑木を2俵かついで運び、1日8往復。「今は道楽やけど、昔は炭焼きで生活していかんばやったけん」と当時の苦労を振り返る。

 木の切り出しで日当を稼いだり、炭を焼いたりする山仕事で、子どもは3人育て上げた。窯焼きは天候に左右されないため、「収入は安定していたけど、その分休みはなかった。遊ぶ暇もなくてね」と笑う。時代の流れとともに木炭の需要は細り、炭焼き窯は次々に閉じた。「昔は燃料に欠かせなかったんだけどね」

 50歳ごろからは植林や間伐などで林業に貢献し、70歳まで働いた。多良岳山系の杉やヒノキは町森林組合が枝打ちや間伐を請け負うようになり、脈々と手入れが受け継がれている。

 年に数回、自宅で使う量だけ炭を焼く。居間は掘りごたつになっていて、炭を使って暖を取る。「梅雨明けまでは朝晩がひんやりする。洗濯物もこれで乾くんよ」と笑顔を見せる。大きな釜を使ってタケノコを炊くときにも使うという。

 くだんの体験会には、珍しがって参加した若い人の姿も。「料理や暖房も、ガスや電気ですぐにどうにかできる時代」「世の中が便利になるあまり、ありがたみをつい忘れてしまう」。暮らしを支える山の恩恵に思いを巡らせ、体験会ではそんな会話が交わされていた。

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