8月2日から佐賀新聞で連載が始まる大隈重信の歴史小説「威風堂々」の作家伊東潤さんが今春、「佐賀藩と薩摩藩、そして大隈重信」と題して講演した。講演を採録し、聴講した早稲田大学校友会「稲門会」佐賀支部長の中尾清一郎・佐賀新聞社社長との対談とともに紹介する。

 

 講演  「佐賀藩と薩摩藩、そして大隈重信」

 

民主国家、強国への思い強く

 薩摩藩の11代藩主島津斉彬(なりあきら)(1809~58年)、佐賀藩の鍋島閑叟(かんそう)(直正(なおまさ)・1815~71年)、そして大隈重信(1838~1922年)と、幕末から明治にかけて三分割して話したい。

◆閑叟は「選択と集中」

 薩摩と言えば西郷隆盛や大久保利通だが、そのバックボーンには藩主・斉彬がいる。彼らのビジョンや国家の理想は、全て斉彬から出てきたものだ。
 斉彬は薫陶を受けた曾祖父・重豪(しげひで)から「蘭癖(らんぺき)大名」の血筋を引くが、当初は開国に反対していた。それは外国に売る物がなくては輸入超過になるためで、まず殖産興業と富国強兵を並行して進めようと考えていた。その点で基本的には閑叟と一致している。
 ただ、閑叟の「選択と集中」とは対照的な「分散と多角化」が斉彬の特徴。閑叟は短期的観点で蒸気機関と大砲の製造に力を注いだリアリスト(現実主義者)だったのに対し、斉彬は一藩の近代化モデルを広げ、挙国一致の中央集権国家への改造を思い描く理想主義者だった。戦をせずに公武合体の政治体制をつくることが基本にあった。
 そうしたロードマップを描くことができた斉彬の急逝は、西郷や大久保ら「手足」が道筋を考えなければならない事態を引き起こす。それがひいては戊辰戦争や西南戦争につながった。 一方の佐賀藩は、警備を担っていた長崎に英国海軍の入港を許すフェートン号事件を経験し、西欧諸国の脅威に敏感だった。閑叟は西洋の産業革命について、鍵は「鉄製大砲」と「蒸気機関」と見切り、近代化に向け「選択と集中」の姿勢をとった。
 佐賀藩の鉄製大砲は14次にわたる試行錯誤の末、西洋製に追いついた。幕府はそれを、ペリー退去後すぐに200門注文している。閑叟は納期が守れる50門だけ受注したが、諸藩が幕府に軍事援助をした初めての事例だ。佐賀藩は技術を独占せず、技術者を有力諸藩に送り込んで反射炉の技術を広めもした。
 続いて蒸気機関車と蒸気船の模型を製作。さらに小型蒸気船「凌風(りょうふう)丸」を建造し、航海術や造船術、砲術などを総合的に教育する御船手稽古所(おふなてけいこしょ)(後の三重津海軍所)も設立した。
 薩長史観には出てこない事実だが、徳川慶喜に最後の引導を渡したのは閑叟だった。慶喜は親書で閑叟に上洛を促したが、閑叟は、佐賀藩の兵を京都に駐屯させようという慶喜の底意を見抜き帰国する。慶喜は最後の切り札だった閑叟に断られ、大政奉還するしかなくなったのだ。

佐賀藩と薩摩藩の政策の違いについて語る作家の伊東潤氏

◆大隈、政府に不可欠

 閑叟は58歳で死去するが、残した人材は明治政府の中心で活躍した。大隈重信もその一人だった。
 大隈は1838年、佐賀城近郊の会所(かいしょ)小路にあった武家屋敷で生まれた。7歳で藩校・弘道館に入校するが、朱子学一辺倒であることに嫌気が差し、17歳で枝吉神陽(しんよう)の塾に入る。好きなことはやるが、嫌いなことはやらないタイプだったのではないか。
 塾は義祭同盟に発展し、神陽の弟である副島種臣(たねおみ)、大木喬任(たかとう)、江藤新平、島義勇(よしたけ)らが加盟した。大隈はここで勤皇(きんのう)思想に触れ、さらに蘭学寮に入ってからは立憲思想に目覚めた。これが大隈の運命を変えた。
 閑叟との関わりでは、閑叟の意で代品方(かわりしなかた)(産業のリサーチ役)を受け、66(慶応2)年には閑叟に薩長同盟への参加を勧めている。
 薩長同盟締結の年には英語学校を創設した。また王政復古の大号令が下ると、長崎奉行の仕事を引き継いで諸外国の窓口として活躍し、新政府では外国事務局判事に抜てきされるなど、外交を任される。ただ、大隈の関心はさらに多方面へ向き、大蔵大輔(たいふ)(次官)や参議に就き、廃藩置県や新貨条例制定、鉄道敷設事業などに貢献。次第に政府にとって不可欠な人物になっていく。
 江藤が下野した「明治六年の政変」では、大隈は政府にとどまる。副島が江藤を引き留めたのに対し、大隈が何を言ったかは記録にない。そのせいで「大隈は体制派」と誤解されているが、佐賀の乱以後、衰退した佐賀藩閥を比較的早く立て直せたのは、副島や大隈が政府に残っていたためだと言える。
 西南戦争後、国会開設を誰よりも強く唱え、憲法に関する急進論者でもあったために、81(同14)年には下野する。ただ翌年には立憲改進党を結党、英国流政治学を主とする東京専門学校(後の早稲田大学)も創立した。88(同21)年に政界復帰し、伊藤内閣の外相に就任する。
 福沢諭吉や伊藤博文との間柄が、良いのか悪いのか分からない立場も大隈らしさを感じる。何を考えているのか分からない、うまい付き合い方が大隈の特徴だった。小説として一番書きにくい、難しい人ではある。
 外相として不平等条約改正に傾注するも、大審院に外国人判事を入れるという開明的な案が問題視され、爆弾を仕掛けられて片足を失った。ただ記録では意外に早く回復し、エネルギッシュな戦いを続けていく。
 98(同31)年には、初の政党内閣・第1次大隈内閣(隈板内閣)を樹立。解散後は社会文化活動へ身を投じ、70歳で早稲田大学総長に。さらに14(大正3)年には第2次大隈内閣で首相に再任した。まさに生涯現役で、立憲政治・民主政治に懸ける情熱は尽きなかった。

◆佐賀に脚光を

 写真で見る大隈は狷介固陋(けんかいころう)な雰囲気だ。誤解もされやすいが、日本を民主主義の国に、また諸外国に伍していける強い国にするという意欲は、他の人より一歩抜きん出ていた。
 その大隈について、新聞連載を開始する。幕末から明治にかけて日本に最も大きな影響を及ぼした政治家・大隈の生涯を正面から描く。大隈の目指した「憲政の常道」とは何なのか、それは現代日本にどう息づいているのか。娯楽一辺倒ではない「歴史観」のある物語にしたい。
 薩長土肥と言うが、薩摩、長州、土佐がそれぞれ大河ドラマになっているのに、肥前はまだなっていない。そろそろやってもらわないと。大隈の「頑固さ」で全国区になり、佐賀にも観光客を呼び込めたらと願っている。

 

 

 

 対談  中尾・稲門会佐賀支部長と

伊東さん「大隈は虚飾いらない人」
・中尾 (講演で)斉彬と直正を「分散と多角化」「選択と集中」と比較して捉えたのは斬新な視点だった。どちらも名君だが、グランドビジョンが少し違っていた。長崎警備のため直ちに対抗しないといけなかった直正は鉄と蒸気に絞ったのに対し、斉彬は「殖産興業」「富国強兵」とトータルでビジネスモデルを確立し、その後の日本に広げる考えだった。直正はプラグマティズム(実用主義)だと思っていたのが腑に落ちた。
・伊東 35万石の佐賀と、70万石に加えて奄美や屋久島などのプラスアルファがある薩摩藩という、規模の違いもあった。
・中尾 独立国のような財政規模で考えられたか、とにかく長崎警備を完璧なものにしなければならないという目先の事情があったかの違いだと捉えた。形にするまでの時間が短いのも閑叟の特徴だ。
・伊東 現実主義という意味で閑叟はさすがというほかない。蒸気船もやり遂げている。
・中尾 大隈は江藤や島を見捨てたという誤解のようなものがあるが、うまく立ち回った結果だと思う。大隈はたぶん明治以降、佐賀に2回しか帰ってきていない。故郷に錦を飾りたいと思っていたのかもしれないが、総理大臣を2回やった人が大正末期まで存命しながら、地元に良くしてあげられないことについてはわだかまりもあったのでは。

大隈重信について語り合う作家の伊東潤氏(左)と佐賀新聞社の中尾清一郎社長=佐賀城本丸歴史館


・伊東 僕が思うに、大隈は虚飾がいらない人だった。みんな普通は故郷に錦を飾って拍手で迎えられたいと思うが、そういうのが全くない。江藤たちの佐賀の乱でもクールだった。「俺はこう思うから行かないが、君はもう大人なんだから行きたければ行け」と、ある意味で突き放しの姿勢だったと思う。
・中尾 ウェットなことがあったという考えこそが、大隈を理解していないということかもしれない。
・伊東 死の重さも今よりも軽い時代。そこを死に場所にしたいのならそうしろ、というのはあっただろう。
・中尾 また大隈がすごいと思うのは「外国に行ったことがない」ということだと思う。大久保や伊藤は米欧回覧に行った一方、西郷や大隈は留守政府だった。西洋文明を観念的に理解している大隈と、有無を言わさず圧倒された大久保や伊藤という立場の違いは、政府のありようも変えたように感じる。
 ひょっとしたら、斉彬が思い描いたような封建体制を緩やかに変えていく道もあったところを、西洋文明に圧倒された大久保らが国づくりをしたために、最後には軍事国家にならざるを得なかった。そういったことも、先生の講演を聴いて考えた。(敬称略)

■いとう・じゅん 1960年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学社会科学部卒。東芝テック、日本IBMを経て、外資系中小企業の日本法人責任者などを歴任。コンサルティング会社を設立した翌年の2007年、「武田家滅亡」でデビュー。10年に専業作家として独立した。受賞歴は「国を蹴った男」で第34回吉川英治文学新人賞、「峠越え」で第20回中山義秀賞、「巨鯨の海」で第1回高校生直木賞や「この時代小説がすごい2014」作品部門・作家部門ともに1位など多数。歴史小説にとどまらず、歴史新書や現代史を題材とするミステリーなど幅広く活躍している。

 

動画

このエントリーをはてなブックマークに追加