遠山(とおやま)香里(かおり)
 上杉(うえすぎ)政虎(まさとら)(謙信(けんしん))は、合戦(かっせん)をする気(き)がないらしく、このまま越後(えちご)に帰(かえ)るといいだした。このままじゃ「川中島(かわなかじま)の戦(たたか)い」が起(お)こらなくなっちゃう!

 「帰(かえ)っちゃダメです!」
 ぼく―氷室(ひむろ)拓哉(たくや)―は両手(りょうて)を広(ひろ)げて、立(た)ちふさがるような姿勢(しせい)をとった。
「拓哉(たくや)は戦(いくさ)が好(す)きなのか。」
「人(ひと)が死(し)んだり怪我(けが)をしたりするのは好(す)きじゃありませんけど、作戦(さくせん)みたいなのは好(す)きです。」
 ぼくは、亮平(りょうへい)とやっている戦国(せんごく)ゲームを思(おも)い出(だ)していた。猪突猛進型(ちょとつもうしんがた)のぼくは、防衛型(ぼうえいがた)の亮平(りょうへい)にいつも苦戦(くせん)させられる。
 上杉(うえすぎ)政虎(まさとら)さんが薄(うす)く笑(わら)う。
「ふっ。軍師(ぐんし)のようなことを申(もう)すではないか。―して、そなたが好(す)きな戦(いくさ)はなんだ。」
 すると、はじめにぼくを見(み)つけた槍(やり)を持(も)った若(わか)い兵(へい)が口(くち)をとがらせて、政虎(まさとら)さんにいった。
「お館(やかた)さま、こんな素性(すじょう)の知(し)れぬ者(もの)と気(き)やすく話(はな)されてはなりません!」
 政虎(まさとら)さんは、若(わか)い兵(へい)を無視(むし)して、つづけた。
「申(もう)せ。」
「それは、なんといっても桶狭間(おけはざま)の戦(たたか)いです!」
 政虎(まさとら)さんは、一瞬(いっしゅん)、怪訝(けげん)そうな目(め)つきになったけど、先(さき)をうながした。
「その戦(いくさ)の、どのへんが好(す)きなのだ。」
「少数(しょうすう)の兵(へい)で奇襲(きしゅう)をかけて、大軍(たいぐん)を率(ひき)いる大将(たいしょう)を討(う)ち取(と)ったところです!」
「たしか、若(わか)い織田信長(おだのぶなが)が、東海一(とうかいいち)の弓(ゆみ)取(と)りとされる今川義元(いまがわよしもと)を討(う)ち取(と)った戦(いくさ)……。」
「そうです。」
「あの今川義元(いまがわよしもと)が敗(やぶ)れたことが信(しん)じられなかった。」
「そうです、そうです!」
 ぼくは激(はげ)しく同意(どうい)し、調子(ちょうし)に乗(の)ってつづけた。
「雨(あめ)のなか、油断(ゆだん)して休憩(きゅうけい)している今川軍(いまがわぐん)を奇襲(きしゅう)したんですもん。すごいですよ!」
「ほお、そうか。」
「織田信長(おだのぶなが)がメジャーデビューした瞬間(しゅんかん)です!」
「ん? めじゃあ……でびゅう……? なんじゃ、それは。」
「あ……。」
 ぼくは、二十一世紀(にじゅういっせいき)の言葉(ことば)を思(おも)わず使(つか)ってしまったことに気(き)づき、あわてて訂正(ていせい)した。
「と、とにかく、あの織田信長(おだのぶなが)を有名(ゆうめい)にした戦(いくさ)なんですから!」
「その織田信長(おだのぶなが)、有名(ゆうめい)なのか。」
「えっ、知(し)らないんですか?」
「その桶狭間(おけはざま)の戦(たたか)いがあったのは昨年(さくねん)だぞ。わしとて、忍(しの)びから伝(つた)え聞(き)いたくらい。なにゆえ、拓哉(たくや)、そなたは、雨(あめ)が降(ふ)っていたことや、今川軍(いまがわぐん)が休憩(きゅうけい)していたことまで知(し)っておる。」
「あ……。」
 ぽかんと口(くち)を開(あ)けていると、近(ちか)づいてきた政虎(まさとら)さんに肩(かた)を抱(だ)かれた。ぐっと引(ひ)き寄(よ)せられる。
「ますます、おまえが気(き)になりはじめた。どこぞで、ふたりきりで、ゆっくり話(はなし)をしようではないか。のお、拓哉(たくや)。」
 えっ? ふたりきり!?
 ぼくは、焦(あせ)りまくった。
「なりませぬ!」
 ぼくを見(み)つけた若(わか)い兵(へい)だけでなく、小姓(こしょう)たち全員(ぜんいん)が、ぼくを取(と)り囲(かこ)み、槍(やり)を突(つ)き出(だ)してきた。

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 楠木誠一郎(くすのきせいいちろう)/作(さく)
 福岡県(ふくおかけん)生(う)まれ。「タイムスリップ探偵団(たんていだん)」シリーズのほか、『西郷隆盛(さいごうたかもり)』(講談社(こうだんしゃ)火(ひ)の鳥(とり)伝記(でんき)文庫(ぶんこ))など多(おお)くの著書(ちょしょ)がある。小学生(しょうがくせい)の頃(ころ)の得意(とくい)科目(かもく)は図工(ずこう)と社会(しゃかい)。

 たはらひとえ/絵(え)

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