調査で確認された江戸時代の船着き場=佐賀市柳町

 佐賀市教育委員会は25日、江戸時代の船着き場跡が柳町の思案橋近くで見つかったと発表した。佐賀城下に船荷の積み下ろしをする設備があったことは知られていたが、石段や石垣護岸が出土したのは初めて。長崎街道と紺屋川沿いにあり、全国に例がないほど保存状態がいいという。29日に現地説明会を開く。

 民家の解体中に石段が見つかり、2、3、5月に調査をした。石段は12段あり、高さ約1・6メートル、幅約1・8メートル。幕末明治期に建造され、荷物を運びやすいよう川に向かって傾斜を付ける形で石を配置している。最上段には扉を引きずった跡があり、蔵があったと推定されるという。

 石垣護岸は江戸中後期、幕末明治期の二つの時代に築かれ、時代を経るごとに川幅を狭くしていったことが分かった。文化振興課の担当者は「江戸期は、近くに立ち並ぶ商家に生活雑貨を運んだ港としてにぎわった。川幅を狭くして最後に船着き場自体を埋めたのは、明治期に鉄道が普及したことが影響しているだろう」と運送の変遷を伝える資料にもなる点を強調した。

 29日は担当者が午前9、10、11時に説明する。駐車場がないため公共交通機関の利用を呼び掛けている。雨の場合は7月6日に順延する。問い合わせは文化振興課、電話0952(40)7368。

このエントリーをはてなブックマークに追加