沖縄・摩文仁(まぶに)の丘にある「平和の礎(いしじ)」を家族で訪ねた時、刻まれた叔父の名前に衝撃を受けた。本当にここで戦死したと実感したからだ。名前を指でなぞると戦争という悲惨な事実に言いようのない思いが募った◆「平和の礎」には国籍や軍人、民間人を問わず、沖縄戦などで亡くなった24万を超す人の名前が刻まれている。うち沖縄の人は15万人近くに上るが、中には「○○の子」と続柄だけが刻まれた人もいる。名前が判明せず、激しい地上戦で戸籍簿が消失したことが要因だ◆太平洋戦争末期の沖縄戦の終結から74年。沖縄はきょう23日、「慰霊の日」を迎える。戦争の体験を語る人が減る中でその記憶をどう伝えるか。「平和の礎」は戦争の教訓を後世に継承する役割があるが、一方で戦争の犠牲と、戦後も続く沖縄の負担を知ることが大切だ◆沖縄は本土決戦を遅らせるために戦地となり、戦後は住民が暮らしていた土地に米軍基地ができた。現在、沖縄の子どもの25%が貧困状態にあり、その割合は全国の2倍近いという。基地移転で名護市辺野古の沿岸部に土砂が投入されて半年になるが、どこか他人事で見ていないだろうか◆「礎いしじ」は沖縄の方言で「いしずえ」を「いしじ」と発音することに由来する。平和の「いしずえ」とするために沖縄の歴史を学び、語ることから始めたい。(丸)

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