笑顔で自選画集を手にする毛利仁之さん。左後ろは毛利さんの桜を描いた作品=鳥栖市元町の自宅

 鳥栖美術協会発足当時からのメンバーで、今も絵画教室の講師を務めている鳥栖市元町、毛利仁之さん(92)が初めての画集を作った。昨年、鳥栖美協が発足70周年を迎えたのを機に、「自分の画業の集大成も残しておきたい」と思い立ち、教え子たちや絵画仲間に贈った。

 毛利さんは1927(昭和2)年、同市永吉町の生まれ。太平洋戦争では長崎市にあった魚雷の製造工場で働き、原爆が投下される4日前に佐賀市の佐賀師範学校に戻り、九死に一生を得たという。48年に卒業し、美術と理科の教師になった。初めて着任した鳥栖小で、絵が好きなPTA会長と教師ら8人で鳥栖美術協会を立ち上げて以来、協会展に出品するなど画歴は今年で71年を数える。

 今年3月に完成した画集タイトルは「自選画集」で200部を印刷。発足翌年の夏、会員と自転車で市内の四阿屋へ行き、渓流に足を浸しながら描いた「渓流」(水彩、F6)から、昔の風景をイメージした近作「春の小川」(油彩、F30)まで89点をカラーで収載している。

 今も同市社会福祉協議会やJA絵画教室の講師として指導する傍ら、創作活動を続けている。毛利さんは「絵を描いていたから、旅行を2度楽しめた。行って楽しんで、帰ってきてから絵にして楽しむ。それぞれの絵に思い出が山積みです」と創作の歩みを振り返っている。

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