藤木遺跡の中世の溝跡

 今回は鳥栖駅東側の中世の集落跡についてお話します。

 藤木遺跡は「鳥栖駅東土地区画整理事業」によって大規模な発掘調査が行われました。場所は旧国鉄操車場一帯で、今はスタジアムなどの施設や駐車場、道路、公園が造られています。

 調査では、古代(昨年10月紹介)から江戸時代までの長期にわたる集落跡が確認され、中世は主に室町時代の溝・土坑やお墓があることが分かりました。この時代、藤木村には「藤木氏」が居館を構えていました。

 室町時代の溝は、一辺100メートルとも思われる区画溝(字図と照らし合わすと、およそ100メートル四方の方形区画の敷地が復原できる)が発見されています。その溝からは大量の瓦片が出土しています。中世に瓦屋根を持つ建物は非常に珍しく、屋敷跡というよりは寺院跡などの宗教施設の可能性も考えられます。(『鳥栖市誌第3巻』より)(鳥栖郷土研究会会長・藤瀬禎博)

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