多久市郷土資料館で開催中の企画展「多久の歴代領主と遺蹟(跡)展」=多久市多久町

多久領祖・龍造寺長信の妻芳岩の姿を刻んだとみられる線刻画=佐賀市本庄町の慶誾寺

多久領祖・龍造寺長信の妻芳岩が建てたとされる「逆修塔」。上部に芳岩とみられる線刻画がある=佐賀市本庄町の慶誾寺

 佐賀藩多久領の領祖、龍造寺長信の妻芳岩(ほうがん)とみられる線刻画が佐賀市本庄町の慶誾(けいぎん)寺で見つかった。2人の墓がある境内の石塔に刻まれたもので、調査した多久市郷土資料館は「芳岩の人柄に迫る数少ない史料」として、同館で開催中の企画展に関連資料を展示している。

 資料館の藤井伸幸館長が3月中旬、芳岩が1605(慶長10)年に建てたとされる「逆修(ぎゃくしゅう)塔」に刻まれているのを見つけた。逆修は生前に自身の冥福を祈る仏事で、線刻画はコケの下に隠れていたという。当時の文献や専門家の意見を踏まえ、芳岩の線刻画と推定した。

 線刻画は合掌の姿勢で、袋のようなものを手にぶら下げ、胸元には功徳や吉祥を示す「卍」が刻まれている。同時代の領内の石像とは意匠が異なるため、分析を続けていた。

 芳岩に関する文献は少ないが、江戸時代の書物『水江事略(すいこうじりゃく)』に記述がある。それによると、芳岩は蓮池城主の小田鎮光(しげみつ)の娘で、後に初代多久領主となった多久安順(やすとし)の母に当たる。1619(元和5)年に74歳で死去し、4代までの多久領主と共に慶誾寺に祭られている。

 企画展「多久の歴代領主と遺蹟(跡)」は30日までで、今回判明した線刻画や歴代領主の肖像画、墓石の写真を並べる。24日は休館。問い合わせは市郷土資料館、電話0952(75)3002。

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