「祐徳大明神」ののぼりが夜空にひるがえり、面浮立の応援団も繰り出した。1960(昭和35)年8月19日の甲子園球場。ナイターとなった鹿島―明石(兵庫)の準々決勝は鹿島が8回に逆転勝利し、アルプススタンドは歓喜に沸いた。全国高校野球選手権大会で佐賀県勢初のベスト4進出を決めた瞬間だ◆鹿島は初戦で熊本商に競り勝つと、平安(京都)にサヨナラ勝ち、さらに明石と強豪校を撃破。準決勝では巨人で活躍した柴田勲を擁する法政二(東京)に敗れはしたが、県球史に残る偉業は後に全国制覇した佐賀商、佐賀北へと続いた◆その鹿島が先日のNHK杯県大会を制した。県立高の再編統合に伴う鹿島と鹿島実の連合チーム。昨夏の県予選後に始動したばかりだが、「鹿島地区の中学の集まりですぐに溶け込んだ」というから頼もしい。佐賀学園、佐賀北、龍谷の実力校や急速に力をつけている東明館を破っての堂々たる優勝だ◆少子化などで高校再編が進み、高校野球人口は減少傾向にある。日本高野連も部員数不足による連合チームの出場を認めているそうだ。鹿島の場合は二つの高校の生徒の力がうまくかみ合っての快進撃だった◆甲子園の舞台を目指す佐賀大会は7月6日開幕する。校門の赤門にちなんだ「赤門ナイン」が旋風を巻き起こすのか。熱い夏が待ち遠しい。(丸)

このエントリーをはてなブックマークに追加