それは、遠い記憶を呼び覚ます光景だったのだろう。〈ある者は軍の非道を語りしと捕へられき戦時下の日本のごと〉。長崎の歌人竹山広さんに「天安門」と詞(ことば)書(がき)のついた数首がある。しかしそれは、苦い記憶と違う光景でもあった。〈戒厳軍の残忍を語り一語加ふ「日本軍もかくはせざりき」〉◆中国で学生らの民主化運動を武力で弾圧した天安門事件から、きょうで30年になる。広場に陣取ったテントを装甲車がなぎ倒していく当時の映像は、東西冷戦が終結に向かいつつあった時代に突きつけられた、鋭い刃(やいば)のように見えた。〈非道〉と〈残忍〉の果てに、犠牲者が300人とも千人以上ともいわれる事件の真相は封殺されたままだ◆「若くして犠牲になった者たちに恥じない生き方をしてきたつもりだが、それでもあの世から見れば、依然、私は恥辱の中にいる」。事件後も中国国内にとどまって民主化運動を続け、ノーベル平和賞を受けた劉暁波氏は一昨年、拘束されたまま、自由を取り戻すことなく亡くなった。歳月は無力で、時に酷薄である◆〈かの夜より一週をすぎ広き路上声なく走る自転車のむれ〉。竹山さんはこうも詠んだ。何もなかったように経済発展へとひた走ってきたかの国は今、米国と「新たな冷戦」を構える◆あの日の刃を見るような、寒々とした思いがよみがえる。(桑)

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