がん患者の遺伝情報の特徴に基づいて個人に合った薬を探す「がんゲノム医療」が、米欧に続いて日本でも本格的に始動した。

 患者の細胞を使い、がん関連の遺伝子変異を大量に調べる2種類の検査に、6月から公的医療保険が適用された。全国160余りの医療機関で検査を受けられる。

 がんができた臓器は別でも、遺伝子に起きた変異が共通なら同じ薬が効く場合も多い。そうした研究の進展を受け、有効な治療法がないがん患者に、薬が見つかる可能性をもたらす検査だ。

 ただ発展途上の医療であり、現時点では検査を受けても最適な薬が見つかる患者は一部にとどまる。しかし多数の患者のデータを蓄積すれば検査精度や治療成績の向上が望めるとして、国は患者の同意の下に、遺伝情報や診療経過を国立がん研究センターのデータベースに集約する仕組みを作った。匿名化したデータを企業や研究機関にも広く提供し、日本発の新薬開発を促すという。

 高度の個人情報である遺伝情報を大量に集め、診療に加えて研究開発にも活用する、新しいがん医療の始まりと言える。だがこの医療は、患者が安心して遺伝情報を提供できる環境がなければ健全な発展は望めない。

 データの厳格な管理はもとより、患者の選択を支える専門家の育成と適切な配置、さらには社会環境の整備まで、国が取り組むべき課題は多い。

 今回保険適用された検査システムは、国立がん研究センターなどが開発した「NCCオンコパネル」と米企業開発の「ファウンデーションワン」。いずれも一度に100種類以上の遺伝子変異を調べることができ、公定価格は56万円。保険適用により自己負担は最大で3割となり、毎月の負担に上限を設ける高額療養費制度を利用すればさらに少ない負担で済む。

 対象は、既存の治療法が効かない、存在しないがん患者で、年2万人余りと想定される。検査の結果、効く可能性がある薬が見つかる人は1~2割とされ、それも保険適用外だったり国内未承認だったりして、最終的には使えない場合もある。

 もう一つ注意したいのは、検査では現在のがん治療に関する情報のほかに、特定のがんになりやすい、遺伝性腫瘍に関わる遺伝子が見つかる場合があることだ。血縁者も同じ遺伝子を共有している可能性があり、結果をどう扱うかについて、医療スタッフのきめ細かい対応が求められる。

 東京大医科学研究所の武藤香織教授らが昨年実施したがんゲノム医療に関する意識調査によると、がん患者、家族とも約半数が、データベースに登録された検査結果が適切に使用されるか心配だと答え、患者の3割、家族の4割が、遺伝性腫瘍の遺伝子が見つかった場合に「不利な取り扱いを受ける可能性が心配だ」とした。期待と同時に懸念もあることがうかがえる。

 医療で取り扱う遺伝情報の量は、今後がん以外でも確実に増え、本人の治療だけでなく研究開発にも活用する流れは止まらないだろう。

 こうした医療を国の事業として本格的に進める段階に入った以上、遺伝情報について患者や市民の正しい理解を助けるほかに、遺伝的な特徴による差別を防ぐルールの検討が真剣に進められていい時期ではないか。(共同通信・吉本明美)

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