宰府道

 新元号「令和」ゆかりの地、大宰府に続く古道が鳥栖市に今も存在しています。鳥栖市永吉町赤坂から田代本町天満宮の西裏を切り通しで通っている、延喜式古道です。

 康保4(967)年に編さんされた資料によると、宿駅の名称、整えるべき駅馬や伝馬の数が記載されており、その一つが大宰府から肥前国府に向かう道です。現在残っている古道のやや南へ過ぎた辺りで道は分岐しています。そこに花こう岩でできた道しるべがあり、通りに面して「さ以婦道(いふみち)」の文字があります。大宰府への道案内です。分岐した片側に「太田みち」の記載があり、太田山安生寺へと旅人を案内しています。

 江戸時代になると、長崎街道田代宿を通らない近道へと道の役割が変わります。地元では大宰府へ向かう道として大切にされ、当時の趣を残しています。

 絵・水田哲夫=鳥栖市

 文・松田和子=鳥栖市

このエントリーをはてなブックマークに追加