コンパツ(左)と炮術要器(右)

炮術要器

 国の重要文化財「武雄鍋島家洋学関係資料」には、大砲や銃などの設計図が150点以上含まれています。ヨーロッパから輸入されたものもありますが、武雄で作図されたと思われるものも数多く残っています。

 貿易港長崎で武雄領が行った物品購入の記録である「長崎方控(ながさきかたひかえ)」には、天保から弘化年間(1830~40年代)にかけて、注文品や到来品ともに「コンパツ」が随所に見えます。現在、武雄に残されている「コンパツ」は、両端が針になったデバイダー状のものですが、一端が筆記具のコンパスも購入されたと思われます。

 設計図の中には、描かれた円の中心に小さな穴が開いたものも確認されており、入手した「コンパツ」を用いていたことが推測されます。

 また、「長崎方控」には、長崎の時計職人で、武雄領お抱えであった金子吉兵衛への注文品として「繪圖(えず)引用半円」が記されています。これは、残された資料の中にある「K.kitsib」の銘が入った「炮術要器」のことではないかと考えられます。分度器状のこの資料の正確な用途は不明ですが、筆がセットされた部品が取り付けられていることから、製図に利用されていた可能性もあります。

 いずれも、長崎を通じて手に入れた西洋の技術や知識を吸収し、実際に活用していた当時の様子の一端をうかがい知ることができる資料です。(武雄市図書館・歴史資料館 一ノ瀬明子)

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