白石町の杵島山へ「水堂さん」を訪ねた。初夏から夏の盛りにかけて、3カ月だけ湧き水をくむことができる「出水法要」が始まっている◆経木を買って、霊水堂でまず水に手をひたしてみる。地元では古くから、病気やけがをした時の「薬代わり」に使われてきたというから、ちょっとかぶれた指先など念入りに◆霊力をあてにするほど信心深くはないのだが、長年飼っていた犬が亡くなる直前、何も喉を通らなくなっていたのに、不思議とこの水だけは舌をつけた。何日か、何時間か、生き永らえさせてもらった「水の力」を、非科学的だと笑う気にはなれない◆こうした素朴な信仰が息づいているのは、水に恵まれたこの国ならではだろうか。「湯水のように使う」という言葉は「惜しげもなく使う」という意味だが、アラビア語では「けちけち使う」と正反対になるそうだ(金田一春彦『ことばの歳時記』)。砂漠でなら、こんなのんびりと水をくむことなど無理だろう◆とはいえ、今年はそんな余裕のある状況でもなさそうだ。このところ、真夏のような暑さが続き、まとまった雨がほとんど降らない。嘉瀬川ダムも貯水率が3割を切り、山間部では田植えができない地域もあるという。これでは「水の力」もままならない。のんきに湧き水にひたした手を、しっかりと合わせて天を仰ぐ。(桑)

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