カット・大串亮平

 「奉公の有り様は、忍恋(しのぶこい)などこそよき手本なれ」と前項では結んだが、「葉隠」にある「忍恋」とはどのようなものか。

戀(こい)の部(はま)りの至極は忍戀(しのぶこい)なり。

 戀死なむ後(のち)の煙のそれと知れ終(つ)ひにもらさぬ中の思ひは

かくの如きなり。命の内に、それと知らするは深き戀にあらず、思死(おもいじに)の、長(た)けの高き事限りなし。たとへ、向(むこう)より、「斯様(かよう)ではなきか」と問はれても、「全く思ひもよらず」と云(い)ひて、唯思死に極むるが至極なり。(聞書第二33節)

 たとえ思いを寄せている相手方から「思ってくださっているのではありませんか」と問われたとしても、「全く思いもよらぬことです」と答えて、ひたすら思い死にするのが、恋の至極であるという。

 「恋心を秘めたままに死んだ私の亡骸(なきがら)を焼くときの煙を見て、漏らさなかった胸の内をわかってほしい」と願い、命あるうちに思いを伝えるのは、深い恋ではないと言う。なんとまあ、ストイック(禁欲的)な恋であることか。今どき、若い人たちの間で、そんなまどろっこしいことをしていたら、女性は愛想をつかしてしまうだろう。 

 「忍恋」に共鳴する者たちの間で「煙(けむり)仲間」というグループも生まれた。また、信頼と尊敬によって結ばれた侍(さむらい)同士の絆を「衆道(しゅどう)」と言った。戦乱の世にあって、戦場(いくさば)は男たちの世界。同じ家中の者同士、命を懸けて上下が結び合う男色(だんしょく)の絆が「若(わか)衆道」である。武士であれば、年少の若衆を持たなければ一人前と見られなかったともいわれる。性的な結びつきも含めての絆であり、「サムライ」のイメージからして今日ではなかなか理解のおよばない世界でもある。

 昭和42年に「葉隠入門」を出した三島由紀夫は、「『葉隠』3つの哲学」と題して、行動哲学、恋愛哲学、生きた哲学を挙げた。その中に「女あるいは若衆に対する愛が、純一(じゅんいつ)無垢(むく)なものになるときは、それは主君に対する『忠』と何ら変わりない。『葉隠』の恋愛哲学は、当時女色(じょしょく)よりも高尚であり、精神的であるとみなされた男色を例に引いて、人間の恋の最も真実で、最も激しいものが、そのまま主君に対する忠義に転化されると考えている」と表現している。一部抜粋で難解であり、誤解を生みやすい。

 恋愛ドラマといえば、戦後間もなくNHKラジオで放送された「君の名は」が有名。こちらは恋心は十分に伝え合っており、「葉隠」風に言えば、丈(たけ)の低い恋となる。生と死の間(はざま)に存在した武家社会の「忍恋」が、薄っぺらなものでなかったことだけは確かなようだ。次回は「忍恋」にも劣らぬ主君への忠誠の極致「追腹(おいばら)」を語ろう。(葉隠研究会副会長・大草秀幸)

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