今では少なくなったが、夜中の置き電話の音ほど心臓に悪いものはない。作家の幸田文さんが娘の遅い帰りを待っていると、びりりりりとベルが鳴った◆〈「や、どうも今夜は、ばあさんがご馳走(ちそう)様になりまして、―」「は?」「まあだ戻らんもので。なあに遅いのはかまわんのですが、あれは足もとが悪いもので、ははは、いくらか案じられましてな」〉。妻の帰りを待つおじいさんからの間違い電話だった◆エッセー「秋の電話」が書かれたのは半世紀以上も前。達意の筆は、長年連れ添った夫婦の情愛にしみじみ思いを寄せるのだが、こちらは「無事に帰れたろうか」と気がかりで仕方ない。高齢者の徘徊(はいかい)がすぐ頭をよぎる時代だからだろうか◆認知症の高齢者は団塊世代が75歳以上になる2025年には5人に1人との推計がある。政府は70代の発症を10年間で1割減らす目標を掲げるそうだ。県内でも頭を使ったり、手足を動かしたりする予防教室が盛んだが、まだ医学的に「こうすれば防げる」という特効薬はなく、数値目標には違和感もある◆看取(みと)り医の大井玄さんは〈お年寄りが尊敬されゆったりとした時の流れる農村〉では、重度でもことさら「認知症」扱いされず静かに暮らしていると指摘する。そんな地域社会なら、夜中の間違い電話も幸田さんのように穏やかに切れるのに。(桑)

このエントリーをはてなブックマークに追加