忘れられない味の一つに、「お葬式のみそ汁」がある。昔は自宅での葬儀が当たり前で、近所の加勢の人たちの分までこさえた大鍋料理は、子どもには心弾むものだった。ニラに卵を溶いただけのみそ汁なのに、うちの味とは違う。不祝儀ということを忘れて、つい「うまかぁ」と笑顔になるものだから、母にひどくしかられた◆こんな話がある。外国の船乗りが少年時代を語る。「故郷の町の八百屋と魚屋の間に、小さな店があった。俺はそこで、外国の地図や布やガラス細工をさわって一日遊んだものさ」◆長い航海を終え、久しぶりにその店を訪ねると、八百屋と魚屋の間にあったのは、子どもが1人腰を下ろせる小さな隙間だった…。味の記憶は〈この隙間みたいなもの〉と向田邦子さんの随筆にあった◆昨年、有明海で22年ぶりに復活したアゲマキ漁が、再び生息数が減ったため今季は見送りになった。これが自然の手ごわさだろう。幼い頃、「ほら、兵隊さん」と皿いっぱいの酒蒸しがでんと載った食卓は、ずっと記憶の中にしかない◆思い返すと、子ども時分は好き嫌いばかりで、味の記憶とやらも怪しいものである。なつかしいあれを食べたい、これも食べたいと思うようになったのは、母が逝ったこのごろかもしれない。わがままなんか言わず、腹いっぱい食べておけばよかった。(桑)

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