『朴那撥盧的戦記』(多久市郷土資料館蔵)。「鶴山書院」印が押されている

 草場船山(せんざん)(1819~91年)は儒学者・文人として知られた草場佩川(はいせん)(1787~1867)の長男で、自身も若くして全国に知られた儒学者でした。優れた教育者でもあった彼には、意外な蔵書がありました。『朴那撥盧的(ボナパルト)戦記』です。

 これは古賀侗庵編『俄羅斯(オロシヤ)紀聞』に収録された、ナポレオンの生涯『丙戌紀聞』(高橋景保著)と、ナポレオンの最後の戦いとなった「ワーテルローの戦い」の戦記『別勒穵律安設(ベレアリアンセ)戦記』(青地林宗訳)を船山自身が書写したものです。日記によると、1841年22歳の時、江戸で遊学中に2日間掛けて書写したとあります。船山は侗庵の門下生で、師から借りて書写したのでしょう。当時ナポレオンの事績は大変な関心を呼び、佐久間象山、吉田松陰、西郷隆盛など志士たちにも多大な影響を与えました。

 「鶴山書院」(多久の郷校「東原庠舎」の別称)の蔵書印があることから、多久へ戻ったときに東原庠舎の蔵書としたことが分かります。これから訪れる激動の時代を予測し、子どもたちの目を世界へ向けさせたいとの思いがあったのでしょう。

 ところで、『丙戌紀聞』はフランス革命の記述から始まっています。市民が王政を倒したことに、人々はどんな思いを抱いたのでしょうか。興味は尽きません。(志佐喜栄=多久市郷土資料館)

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