神埼そうめんまつりで、青竹を流れてくるそうめんに手を伸ばす家族連れ=吉野ケ里歴史公園

コシがあり、のどごし豊かな神埼そうめん=吉野ケ里歴史公園

春の一般公開で新緑に包まれた庭園を楽しむ観光客=3日午前、神埼市神埼町

 晴天に恵まれ、最高気温は30度近くまで上がった5月の連休後半。神埼市郡にまたがる吉野ケ里歴史公園では、神埼そうめん協同組合が準備した流しそうめんに長い列ができていた。

 青竹を半分に割ったレーンを流れる白いそうめんは、汗ばむ陽気の中で涼を演出する。子どもも大人も我先にと箸ですくい、つるっとしたのど越しを味わった。

 神埼そうめんの歴史は約380年前にさかのぼる。諸国を行脚していた小豆島出身の僧が長崎街道で倒れ、住民たちに看病をしてもらったお礼として「手延べそうめん」の技法を伝えたことが起源とされる。明治の初めごろ、佐賀市出身の発明家・真崎照郷らが開発した製麺機をいち早く導入し、機械そうめんの一大産地になった。

 「機械での製麺の最も古い産地ともいえる。機械で作るといっても、細い麺には昔から積み重ねた職人の技術が隠れている」。組合の井上義博理事長(61)は神埼そうめんの特徴をそう語る。

 その時々の気温や湿度、機械の熱の持ち具合などによって、塩分の濃度や機械の稼働時間を微妙に調整する。生地をこねるときも、小麦のうまみが1番出るタイミングを見極めて加水するなど、工夫を重ねている。

 井上さんは創業140年を超える井上製麺(神埼町)の5代目。大家族が少なくなり、大きな鍋があまり使われなくなったことに気づくと、小さな鍋に合わせて、そうめんの長さを4センチほど短くした。吉野ケ里歴史公園のPRも兼ねて、栄養価が高い古代米を使ったそうめんや、糖質を約70%カットした麺も開発した。伝統を受け継ぎながらも、人々の暮らしや時代に合わせた商品を提供している。

 そうめんは夏のイメージが強いが、冬にも楽しんでもらおうと、さらに新商品を提案する。5年かけて完成した鍋用のそうめん「すきしゃぶ麺」は袋から鍋に直接入れてすぐに食べられる“時短”を意識した。

 「麺を見ただけでは技術が分からない分、食の安全性や新しい食べ方の提案など、付加価値を高めていきたい」と井上さん。「色をつける訳でも、味をつける訳でもない。単純だけど難しく、面白さもある」。神埼そうめんの可能性を語る目は輝いていた。

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