人に言いにくいこと、秘密にしていたことを誰かに打ち明けることを「カムアウト(カミングアウト)」と言いますが、打ち明けられた内容を勝手に他の人にバラしてしまうことを「アウティング」といいます。

 自分が打ち明け話をする場合には大変気になるアウティングですが、聞いた側になるとそれに対する感性は大変鈍く、悪気無くアウティングする、または、結果的にアウティングになってしまうことがあり得ます。「大したことじゃないし話しても大丈夫だろう」などと勝手に判断してはいけません。人の悩み、重みの感覚はそれぞれ違うものです。あなたにだけ打ち明けた内容は、他の人には知られたくない内容であり、その人にとってはカムアウトにも理由やタイミングがあるのです。グループ内での話も、そのグループの外に出してはいけません。「他人のプライバシーを第三者に無許可で提供する」ことになり、本人が直接言うのとは全く違います。

 どのような内容にでも当てはまりますが、特にLGBTなどの性的少数者がアウティングを苦に自死に至るという事件もありました。本人は全世界に向かって公言したわけではないのです。本来は他人を話のネタにすること自体がよくないことと再確認せねばなりません。他者の情報、うわさ話を持ち込んで情報通を気取る人は多く、情報番組もその傾向がありますが本来は慎むべきことです。

 学校など子ども社会はうわさ話を根拠無く信じて流通させる傾向が強く、これに苦しめられる子どもがたくさんいます。興味本位で判断力に乏しいという成長過程の課題から来るもの…のはずですが、大人の方が子どもよりひどいありさまで悪い手本になっており、信頼できる大人がいないという子どもの声の一因はここにあるといえます。

 差別や偏見を無くすための教育の中でアウティング予防も取り上げます。偏見を無くす教育でなぜ隠すのか、という人がいますが、それは偏見の有無ややましいことの有無以前のプライバシー教育です。前述の内容に加え、知られたくないことを誰にでもオープンにする必要はなく、他者のプライバシーを流出させる権利は誰にもありません。大人の分別を子どもたちは見ています。(浄土真宗本願寺派僧侶・日本思春期学会理事 古川潤哉)

このエントリーをはてなブックマークに追加