佐賀城下に実在した庭園「観頤荘」について講演した佐賀大の中尾友香梨准教授=佐賀市のグランデはがくれ

 県内大手企業の支社長らでつくる「ブランチ佐賀さかえ会」(座長・中尾清一郎佐賀新聞社社長)の例会が15日、佐賀市天神のグランデはがくれであった。佐賀大の中尾友香梨准教授が、約300年前に佐賀市の赤松町南部・鬼丸町西部にあった巨大庭園「観頤(かんい)荘」を紹介。藩校・弘道館ができる前に教育を担った役割や歴史的な価値をひもといた。

 約3万5000坪の面積を誇る「観頤荘」は、1698年に3代藩主・鍋島綱茂が創設。屋敷や滝のほか、茶屋や国内外の珍しい動物や鳥を育てた動物園のような場所もあったと言い、「面積や中身から見てもトップレベルの庭園」と評価した。

 「観頤」には「天地が万物を養うところを観る」という意味合いがあり、庭園は藩士たちが学ぶ場になっていた。儒学者の古賀精里は、庭園の美しい景色や鳥の鳴き声などが、詩文の創作や感性を育てるために適すると捉えていたという。

 中尾さんは「その精神は、弘道館が輩出した優秀な人材によって花開いていく。幕末期に佐賀が産業革命や近代化のトップランナーになれた力の原点はこの庭園にあった」と、庭園がもたらした歴史的な価値を分析した。

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