自らが作成した芳谷炭坑の資料について説明する楢﨑幸晴さん=唐津市の岸岳ふれあい館

 明治時代に県内最大の採炭量を誇った芳谷(よしたに)炭坑に関する資料が、唐津市北波多の岸岳ふれあい館で展示されている。当時の写真や「北波多の自然と歴史を守る会」の楢﨑幸晴さん(77)が独自で調査し、作成した資料などが並んでいる。

 昨年3月に芳谷炭坑の講演会で講師を務めた楢﨑さんは「もっと地元の炭坑のことをアピールしたい」と思い立った。周知のためには「資料の展示場所を確保し、活動の拠点をつくることが重要」と専門家からアドバイスを受け、同館を所有する市に許可を取り、3月末から展示している。

 貴重な資料も入手した。炭坑の実質的な経営を担った竹内明太郎の日記で、1911(明治44)年に炭坑を三菱合資会社へ譲渡した際、約190万円(当時)で売却したことなどが明らかになった。まだまだ不明な点も多く、楢﨑さんは「日記の解読を進めたい」としている。

 「肥前の炭坑王」とも呼ばれ、竹内と一緒に芳谷炭坑の経営権を取得した高取伊好(これよし)が、当時の炭坑の様子や採石や運搬の手法などを細かく記した日誌も入手した。

 「ふれあい館を芳谷炭坑の記念館にしたい」と思い描く楢﨑さん。今後も関係機関と連携を取りながら、周知に向けた活動を続ける。「炭坑がこの地域の土台となったこと、唐津のために働いた立派な人たちのことをもっと知ってほしい」と話している。

 

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