麦の穂が実る「麦秋」を迎えた。県内各地で波打つ黄金色の麦畑が広がる。佐賀ならではの初夏の風景だ。この季節、思い出すのが小津安二郎監督の映画「麦秋」である◆娘の結婚をめぐる物語。ラストシーンで、決して自分たちが思い描いた縁談ではなかったが、ようやく嫁に出した老夫婦が静かに人生を振り返る。〈みんな離ればなれになっちゃったけど…まぁ私たちはいい方だよ。欲を言やぁ切りがないが〉。〈いろんなことがあって長い間…でも本当に幸せでした〉◆老夫婦の会話に、収穫期を迎えた麦畑の風景が映し出され、嫁入りの一行の映像が重なる。婚期を逃しつつあった娘の結婚と麦の収穫期が暗示的に呼応する。つつましい家族愛、どこかあきらめの気持ちがない交ぜになった親の感情。それが風に揺れる穂波のように余韻を残す◆と、ここで「婚期」などと書いたが、そんな言葉はもはや死語かもしれない。いや、もっと言うと小津映画が多く取り上げた「結婚」そのものへの関心が薄れてきているのが今の時代だろう。日本人の意識調査で、結婚について「必ずしも必要はない」と考える人が7割近くにのぼったという数字もある(昨年のNHK放送文化研究所調査)◆結婚を中心にした家族の輪廻(りんね)が主題の「麦秋」。そうしたテーマが語りにくい時代に入りつつある。(丸)

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