先日、たまに通った洋食店を久しぶりにのぞくと、接客がいつものおばちゃんじゃない。壁一面に書かれていたメニューもいくらか数が絞られたような…。理由は10日の本紙25面に書いてあった。38年間親しまれた老舗の廃業を惜しんだ若いシェフが、看板とレシピを受け継いでリニューアルしたのだという◆〈あの店はいつつぶれしや辻朧(おぼろ)〉(小沢信男)。そういえば、駅前のカレー店も閉まったっけ。まちのにぎわいを支えてきた店が、ひっそりと姿を消す。経営者の高齢化に後継者難と、地方で商売を続けていくのが難しい時代。こうしてバトンを渡せる店は幸せである◆〈「喰(く)い物の話になると、国を思い出すの」〉。江戸でわび住まいの青江又八郎が、心通わす同郷の佐知に語り掛ける。藤沢周平さんの『用心棒日月抄』シリーズにいい場面がある◆〈「青物と肴(さかな)だけはやはり国の方がおいしゅうございます」「おお、それよ。寒の海から上る鱈(たら)などはたまらん」「はい。寒の鱈。四月の筍(たけのこ)」〉(『孤剣』)。夢中になって語り続ける2人の姿に、食は「場所の記憶」でもあると思う◆学校行事の帰りに家族で囲んだテーブルも、今では夫婦2人。時とともに自分は変わっていくのに、思い出の中にあるものは変わらないでいて…そんなユーミンの歌みたいな願いは、虫が良すぎるだろうか。(桑)

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