「まばたきの詩人」といわれた水野源三。幼い時に赤痢の高熱で脳性小児まひとなり、身体を動かすことも話すこともできなくなった。しかし、わずかに自分でできる「まばたき」で、少しずつ言葉を伝えて詩を作った。そんな彼の作業を支えたのが母親である◆母親は「あいうえお」と紙に大きく書いた五十音表の一つ一つを指し、源三のかすかなまぶたの合図で根気よく文字を拾っていった。そして詩集が生まれた。献身的に世話をしてくれた母親を思う「母が共に」という詩がある◆〈我ひとり悩むのでなく母が共に 我ひとり聞くのでなく母が共に 我ひとり信じるのでなく母が共に 我ひとり祈るのでなく母が共に 我ひとり喜ぶのでなく母が共に 我ひとり待つのでなく母が共に〉◆共にある―ということのなんと尊いことだろう。だが、こんな残念な数字がある。国立青少年教育振興機構が昨年公表した親子に関する調査で、「親が携帯電話やスマホを使いながら私と話す」という子どもが47・6%にのぼったというのだ。こうしたことが「よくある」と答えた子どもほど「親は私のことを分かってくれる」「悩みを聞いてくれる」と回答した割合が低かった◆水野源三が詩に託した母への感謝を思い出す。きょうは「母の日」。親と子が向き合うことの大切さを考える日にしたい。(丸)

このエントリーをはてなブックマークに追加