発掘当時の外環壕

現在復元されている外環壕

 吉野ケ里遺跡の外環壕は、長さ約2・5キロ、幅は約6・5メートル、深さが約3メートルのV字形です。また、環壕を造る際に出た大量の土を外側に積み上げ、その上に柵を並べているので、環壕の外側から環壕本体を見ることはできません。もし、積み上げた土塁と柵を乗り越えたとしても、あまりに深い水のない空壕に、それを越えようという気持ちにはきっとならないでしょう。

 もしも、足を滑らせたら底まで一気に落下します。しかも簡単には上がれません。

 現在の復元された吉野ケ里の集落には、その壕の危険さを実感できる場所は各所にあります。公園東口から入ってからの基本コースである「展示室、南内郭(内壕あり)、北内郭(内壕・中壕あり)、北墳丘墓」を約1時間強で歩く場合は、北墳丘墓の南西側の外環壕が一番分かりやすいと思います。発掘時の写真と比べても全く同じなのがよく分かります。この大環壕、3世紀にこれだけの環壕を造る労働力を確保できた吉野ケ里の王とはいったいどんな人だったのでしょう。また、この壕を使って避けようとした敵とは誰だったのでしょう。この環壕を見る度たびにそう思います。(吉野ケ里ガイド 福田幸夫)

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