「六日の菖蒲(しょうぶ)」は無用なものの例えだが、ひな飾りは当日に片付けないと縁遠くなるといわれるのに、五月節句はきょうまで飾っていいのだそうだ。もっとも、ショウブを使う習慣のないわが家は、もう何年も押し入れにしまい込んだままの五月人形が、時季遅れの飾りといった気配である◆〈武者人形のただよわす雰囲気には、立派であればあるほど、一家の繁栄とか出世とかに対する親たちの欲が付きまとうように、私には感じられてならない〉。永井龍男はこんな随筆を残している(「鯉(こい)のぼり」)◆多少、筆に険があるのは〈父が早く世を去り、母が家計を切り盛りして貧しく暮らしたので、兄二人と私がいたのに、五月人形も鯉のぼりも、とうとう自家では見たことがない。あんなものがなんだと痩せ我慢を続けて成人した〉せいだろう◆代々家が続くことを願った伝統行事も、大作家がうらやんだ時代ほど大事にされなくなった。直系家族は核家族へと分散し、近年は生涯未婚者の増加で「非家族化」が進む。2040年には高齢者世帯の3割超が独居という推計も出た◆節句を祝えず〈母親の方が、もっと淋(さび)しかったかも知れぬと、この頃は遠い昔を思う〉と永井は書いた。帰省で一家が再会しても、肝心なこれからの話は切り出せないまま、じゃあまたね…。長かった連休が終わる。(桑)

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