ビールを買いに行かせた少年が帰ってこない。元NHKディレクターの吉田直哉さんがヒマラヤ山麓での取材の思い出を書いている(「ネパールのビール」)◆水も電気もない海抜1500メートルの村で、車も使えない過酷な撮影。仕事終わりのビールがたまらなくうまかった。買いに走ってくれた15歳に翌日も頼んだ。今度は1ダース以上買えるお金を渡して◆事故ではないかと心配していると、村人は「大金を持って逃げたんだよ」。落ち着かない気持ちで過ごした3日目の夜、少年は泥まみれで戻ってきた。ビールの数がそろわず、山を四つも越えて探し回っていたという。転んで割ってしまった瓶のかけらと釣り銭を差し出した少年の肩を抱いて、吉田さんは大泣きした◆水問題をライフワークとされる天皇陛下も、27歳で訪問されたネパールの記憶が原点だそうだ。わずかな水を求めて子どもや女性が遠くから足を運ぶ姿に胸を打たれ、自らカメラを向けられた。女性に重労働を強い、子どもが学校に行けない現実。水は災害や環境問題に限らず、貧困や国際紛争にまで伏流している◆豊かになりすぎた日本は途上国の困難に対し、あの少年につい大金を渡すようなことをして、それでいて相手を心底信じていないところがある。解決のために何が本当に必要か、陛下ならずとも心寄せたい。(桑)

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