羽根木神社より張琴山を望む

 羽根木神社は武雄市東川登町永野に鎮座しています。祭神は橘諸兄(もろえ)。武雄領主19代の後藤貴明が元亀3(1572)年に創建したと言い伝えられますが、諸兄は12世紀に成立した長島荘(杵島山西方から北方町一帯)で、13世紀前半から地頭を務めた橘氏の始祖であることから、後藤の所領となる前に勧請されたのではないかと考えられます。

 創建の詳しい時期は不明ながら、貴明の養子となった家信の四男、武雄十兵衛頼続が永野村を所領として与えられた時には羽根木神社の社殿は荒廃しており、頼続の子頼章が復興したとされています。

 境内には、元亀2年造立の六地蔵があります。「庚申(こうしん)供養」と刻まれており、庚申塔としては市内最古のものです。人間の体内で行動を監視し、天帝にその罪過を報告する三尸さんしの害を防ぐことを六地蔵に祈る信仰があったことを物語っており、この地方の庚申信仰の一端を今に伝えています。

 羽根木神社が果たした特異な役割としては、江戸後期、境内に台場が置かれたことがあります。約1キロ離れた張琴山(はりことやま)に向かって洋式大砲の試射が行われたと伝えられます。張琴山は採石場となり、大きく形を変えていますが、砕石の時などに見つかったとされる砲弾が、今も残されています。(武雄市図書館・歴史資料館 一ノ瀬明子)

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