企画展で展示中の「朝鮮通信使行列絵巻」(狩野常信筆、部分)

 一昨年のことですが、「朝鮮通信使に関する記録」がユネスコの「世界の記憶」(世界記憶遺産)に登録されました。日韓両国の17~19世紀の通信使の外交・旅程の資料や文化交流の記録が対象で、日本側は対馬をはじめとする通信使のゆかりの地に残る資料や絵図などが選ばれています。

 朝鮮通信使は朝鮮国から日本へ派遣された外交使節団です。室町時代に始まり、文禄・慶長の役で一時国交が途絶えますが、江戸時代には計12回、来日しました。日韓交流史をテーマに掲げる名護屋城博物館にとって、江戸時代の両国の友好関係を象徴する朝鮮通信使は、展示の中でも重要な位置を占めています。

 ユネスコの登録には含まれていませんが、実は当館が所蔵する通信使関連資料は国内有数のコレクションを誇ります。数ある館蔵品の中で、収蔵番号1番が「朝鮮通信使行列絵巻」。江戸時代中期の幕府絵師・狩野常信(かのうつねのぶ)が、天和2(1682)年の通信使一行らの姿を描いた、長さ7メートルを超える長大な絵巻です。

 現在、当館では「朝鮮通信使の書画」展を開催中です。コレクションの中から一行が日本人に向けて記した書画や、逆に彼らの姿を日本人絵師が描いた作品などを一堂に紹介しています。

 当時の日本人の間では朝鮮の書画が人気で、通信使がやってくると沿道各地や宿所には多くの日本人が訪れます。それに対応するため、使節団には一流の絵師や書・漢詩に秀でた者がおり、日本人の求めに応じて連日書画を認(したた)めたり、漢詩・漢文での交流・情報交換を盛んに行いました。

 当時の人々にとって朝鮮通信使の来日は、異国の文化に触れる一大イベントだったわけです。

 (佐賀県立名護屋城博物館学芸員・安永浩)

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