「冠落」と呼ばれる珍しい造りが特徴の初代忠吉の作(提供)

肥前刀の名品が並ぶ企画展

大砲製造方として佐賀藩の近代化に貢献した8代目・忠吉の作品

 数々の名刀を生み出した佐賀藩の刀工「肥前忠吉」の作品を集めた企画展「最上大業物 忠吉と肥前刀」。初代から9代目まで歴代・忠吉の作品を一振りずつ集めており、その均整のとれた美しさと、高い機能性を兼ね備えた肥前刀の世界に触れられる。

 佐賀県内で大規模な刀剣展が開かれるのは、終戦直後にGHQが接収した刀剣、いわゆる「赤羽刀」が返還された2004年以来、15年ぶり。

 初代忠吉(1573~1632年)は藩命で京都へ向かい、「新刀鍛冶の祖」として名高い埋忠明寿に弟子入り。現在の佐賀市長瀬町に工房を構え、100人を超える刀工を輩出した。

 肥前刀は将軍家への献上品にも用いられ、最上級を意味する「最上大業物」の名品が多い。きめが細かく、潤いをたたえた刀肌は「肥前肌」とも呼ばれている。

 企画展は、忠吉以前の「古刀」(鎌倉~室町時代)を振り返った上で、初代・忠吉から明治時代の9代目までの「忠吉宗家」をたどり、その弟子たちの「忠吉の一門」の作品、さらに佐賀城下以外の「肥前鍛冶の諸相」へと対象を広げている。

 このうち、初代・忠吉の刀は関ヶ原の戦いがあった1600(慶長5)年の作。「冠落(かんむりおとし)」と呼ばれる珍しい造りで切っ先が大きく、刀身の幅が広い。この時代の流行を反映している。

 忠吉を名乗った期間がわずかだった7代目は、「忠広」時代に6代目と合作した作品。銘には2人の名が並ぶ。佐賀藩の大砲製造方を務め、近代化に貢献した8代目は、円熟期の品。それぞれ個性が見られるのに加え、江戸期を通じて伝統が受け継がれたのが分かる。

 期間中は入れ替えながら、合計75件を展示する。現在は、佐賀藩初代藩主鍋島勝茂に重用された能書家、洪浩然(こうこうぜん)(1582~1657年)の佩刀を展示中。6月4日からは、佐賀の七賢人で、司法卿を務めた江藤新平の佩刀に切り替える。

 同館の川副麻理子学芸員は「肥前刀は藩にとって重要な輸出品であり、完成しても品質を満たさなければ銘を刻むことが許されなかった。その厳しさは焼き物にも通じる」と解説する。

▼「最上大業物 忠吉と肥前刀」は佐賀市の佐賀県立博物館で7月15日まで。毎週月曜、5月7日は休館。電話0952(24)3947。

このエントリーをはてなブックマークに追加