ドライブ中、人をはねてしまった。搬送先の病院から「覚悟してください」と告げられるほどの重症。心配で仕事が手につかなくなった。デビュー間もないころの俳優草刈正雄さんの苦い思い出である◆人気が出始めたころだったが、撮影中のドラマを降板して病院の近くにアパートを借りた。2か月間、毎日見舞いに通ううち、少しずつ回復する被害者の姿に、一時は引退まで思い詰めた自分も落ち着きを取り戻したという。ひょっとしたら、NHK「なつぞら」の一徹な酪農家役も見られないところだった◆東京で車が暴走し、神戸ではバスが往来に突っ込んだ。運転者は高齢者や定年過ぎのベテランで、犠牲者は対照的に年若い。せめて回復を願える状況なら、再起の近道もあったろうにと余計痛ましい◆近年、自動車メーカーが「事故回避」の技術を競い、「自動運転」実現が安全の切り札のように語られる。しかし、道路整備も不十分で雑多な車両が行き交う一般道に「夢の技術」が導入できるか、懐疑的な専門家もいる。日頃から「予兆」を敏感に関知する周囲のまなざしぐらいしか現実的な対処はなさそうである◆「息子よ、人生は舗装された道だけではない」。昔こんな車の広告があった。おそらくずっと平らな道を走ってきた人の、老いて迷い込んだ険しい悪路を思うと胸がふさぐ。(桑)

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